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2021年10月

2021年10月30日 (土)

カメラを売るかどうか

 ここ1ヶ月ほど、仕事でしんどいことがあって、夜もなかなかよく眠れないことが多い。今日は、7時に仕事場に行くことにしていたのだが、目覚ましをかけるのを忘れていて、目を覚ますと7時だった。焦りながら着替えと洗面だけ済ませ、仕事場に行った。それだけで、ひどく疲れた気がした。

 15年ほど前に同じような状況になって、その時は運動をすれば良いと言われ、運動をよくしていた。確かに運動をすると疲れてしまって寝付きは良くなった。だから、仕事場に出来るだけ歩いて行くようにしている。かなり遅い時間に仕事が終わることがあったり、荷物があったりする時は車で行くこともあるのだが、晴れた日は歩いて行く。歩いて行く時には必ずカメラを提げる。最近、通勤路の途中に大きな看板が付いた。「不審者を見かけたらすぐ警察に」と書いてある。早朝、写真をぽつぽつと撮りながら歩く中年の男は不審者なのかもしれない、とその看板を見る度に思う。

 今、防湿庫の中はカメラがたくさん置かれている。ニコンのデジタルカメラだけでも、D3300、D5200、D5300、D5500、D7200、D500、D610、D800、D850とこれだけある。主に使っているのはD5300とD850で、D7200を時々持ち出すくらいだ。D500とD5500は父の遺品である。手放そうかと思って買い取り価格を検索してみたが、本当にタダみたいな値段でしか買い取りにはならない。それなら置いといて、欲しい人がいればあげればいい、くらいに思ってしまう。後はパナソニックが3台、富士フイルムが5台、オリンパスが4台という具合だ。OM-D E-M1に至っては、ブラックが1台とシルバーが2台の合計3台もある。どれも2万円強の値段で出ているのを見つけて、安いと思って衝動的に買ってしまったもので、買ったのはいいが、結局ブラックの1台ばかり使っていて、やたらとそれだけ使用感がある。カメラが増えれば当然のようにレンズも増えてしまい、昔から持っている物も含めたら200リットルほどの防湿庫はほとんど満杯の状態だ。高価なカメラがあるかと言えばそうでもなく、せいぜいD850が高価なくらいで、レンズも高くても5万円ほどのものばかりで、いつも使うレンズは1万円ほどのものが多い。ガラクタばかり、とも思えるが、それで撮った写真と、高価なレンズで撮った写真と比べてみても、顕著な差がない。貧乏性だから、壊れてもいい、くらいの気持ちで気軽に持ち出せるカメラの方がいいような気がする。

 それで、いきおい、通勤の時に提げていくカメラも安いカメラになることが多い。一番多いのはパナソニックのDMC-GM1で、これはAFも速いし、画質もそこそこだ。とにかく小さいのが素晴らしい。GM5も持っているが、GM1の方がどうも使い勝手がいいような気がする。GM5のファインダーはおまけみたいなもので、見えがあまり良くないのだ。強い光の下で、背面の液晶が見えない時は使うが、それ以外の状況ではGM1で十分な気がする。後は今年の正月にアマゾンの初売りで買った富士フイルムのX-A5だ。これには15-45mmの電動ズームが付いているが、まあまあ小さい上に、とてもよく写る。また、昔のX-A1やX-A2とは違い、カメラがアルミ外装となって質感もなかなかいい。写りは富士のカメラだけあって、jpegでは他社のものよりもずっと美しい。

 しかし、これだけのカメラが必要かと言われれば必要ないのは明白だ。いっそのこと、DXフォーマットのニコンカメラとレンズを全て処分して、Z5あたりを買った方が良いのではないかとも考えたのだが、D500とD5500は父の遺品だから、それらは手元に置いておきたい。D500とD5500とを残して後は処分しようかとも思ったが、全部処分しても多分、Z5とレンズ1本を購入する金額には届かない。それなら置いておいた方がいい。そんな考えが頭の中をぐるぐる回る。スナップにはファインダーを覗く一眼レフよりも背面液晶を使うミラーレスの方がテンポ良く撮影できる。風景をじっくり撮影する時はファインダーを覗きたいが、その時はD850を使えば大抵の場合、満足出来る。今、DXフォーマットのカメラを使う理由が、富士のカメラを使っていることもあって、実は、あまり見あたらないのだ。

 精神的にあまり状態も良くないし、不要だと思う物は一気に売り払ってもいいような気もしている。ほんとうにどうしようか、少し悩んでいる。

20211030

Fujifilm X-A5 w/Fujinon XC 15-45mm F3.5-5.6 PZ

2021年10月24日 (日)

沈んだ日曜日

 夜中に耳が塞がった感触があって目が覚めた。左耳が塞がったような感じになっていて、よく聞こえない。時計を見たら3時前だった。昨日は一日仕事で、ひどく疲れていたので今日は早朝に起きて釣りに行くのは止めようと思っていたのだった。トイレに行って、もう一度ベッドに潜り込んだ。

 変な夢を見た。倉庫のような暗い所で一人何か作業をしているのだが、いつまで経ってもしなければならないことができない。ふと目を覚まして夢か、と思ってまた眠ろうとする。現実と夢との間をふらふらと彷徨している。窓のカーテンからは明かりが少し漏れているので、夜は明けているのだろう。もういつも起きる時間だろう、そろそろ起きてもいいかな、と思ってベッドから起き上がり、時計を見ると8時半だった。いつもより2時間も余計に寝ている。

 起きてコーヒーを淹れて飲み、今日はどうしようかと考えた。3週間ほど前からしんどいことがあって、何か気分転換が出来ればいいのに、と思った。青物釣りに行ってもいいが、ハイシーズンなので、人が多くて却って疲れるだけかもしれないと思う。

 何年かぶりに神社に行くことにした。緊急事態宣言も明けているので、隣の岡山県にある神社に出掛けた。高速で小一時間ほどの距離にある、田舎の神社だ。いつも正月の5日あたりに家族で出掛けていたのだが、去年は喪中だったし、今年はコロナのことがあったので出掛けられていなかった。3年前に買った破魔矢とお守りを持って車に乗った。帰りに余裕があれば誰もいないだろう海岸でヒラメでも狙おうかなと思い、ヒラメ用のロッドとルアーを持っていくことにした。

 久しぶりに乗る高速道路はあまり混んではいなかった。いつもの日曜日くらいだ。トラックが日曜日だけれど何台も走っていて、そんな状況なのだなと思う。車を運転していても気持ちが塞いでくる。

 渋滞することもなく、山の麓にある神社に着いた。広い駐車場には車が3台しか停まっていない。神社の本殿の横にも駐車場があるから、そっちの方に参拝者の多くは車を置いているのだろうと思いながら、参道を歩く。破魔矢とお守りを返納場所に置いて、参拝した。境内には7、8人の人がいた。ちょうど七五三の時期みたいで、綺麗に着飾った小さな女の子が母親に手を引かれて歩いていた。娘がまだ、あれくらいの年頃だった頃のことをふと思い出した。あの頃は、多分幸福だった。

 お守りとお札を買おうと思って社務所の方に行くと、社務所の人に私と同年代くらいの人がひどく文句を言っていた。嫌だな、と思いながら待つ。社務所の人がその人の書類を書いていたので、じっと待っていると私の横から書類を書いている社務所の人に、若い女性が七五三の予約をしたいのだと言う。社務所の人は書類を書いている手を止めて、予約を聞き始めた。待っているのに、と思いながらもこっちが先だ、と言う気持ちにもなれず、その女性が去るのを待って、すみません、と言う。お守りを1つと、お札を一つ買って参道をまた歩いて降りた。ほとんど人もいない。神社に参拝して、少しだけ気持ちが晴れたような気がした。

 帰りに遠回りして、海の方に寄っていくことにした。ちょうど昼時だったのでどこかで昼食でも摂ろうかと思うが、全く食欲もない。

 海岸に着くと、3人ほど釣り人がいたが、私が釣りを始めて1時間もしないうちに3人とも帰っていった。小さなアタリとともにエソが立て続けに2匹釣れただけで、後は何もなく、根掛かりしてルアーを2個なくしてしまい、リールに巻いている糸が高切れしてしまっただけだった。釣りをしている時はいつもは気分が紛れているのだが、今日は釣りが全く楽しくなくて、ただただ重苦しく沈んだ気持ちばかりが渦巻いていた。青黒く沈んだ海の風景を見ていると、気持ちが沈んできて、妙に泣きたいような気持ちになるのだった。何度も釣りを中断して、海を見ながら煙草を吸った。一体、自分は何をしているのだろうと思う。釣りになんか来なければ良かったのだ。浜辺を小魚の群れが何度も通った。

 長い海岸を歩き、場所を変えながらルアーを投げてみる。釣れたらいいのに、こうしたら釣れるのだろうか、といつもは思いながらルアーを投げるが、今日はどうでもいい、と思いながらルアーを投げ続けた。ふと、左胸に鈍い痛みが時々あることに気付いた。誰もいないこの海岸で倒れたら、多分何日か後にならないと発見されないのだろうな、とふと思う。そして、そういう最期もあっていいのかもしれないなと思うのだ。

 結局、2時間も釣りをせず、家路に就いた。家を出た時よりもずっと気持ちが塞いでいた。

20211024

Panasonic DMC-TX1

2021年10月17日 (日)

悪いことが続く

 ここ2週間ほど、ろくなことがない。災難ばかりが降りかかってきて、気持ちが塞ぎ込んでしまう。2年前、父と母が相次いで他界したが、その時はまだ精神的な平穏を保つことが出来た。それは、周りの支えがそれなりにあったからだと思う。しかし、それが今は希薄に感じる。それは多分、終わりの見えない問題ばかりだからだ。

 最初の災難は、先週だったか、釣りに昼から出かけて、車に傷をつけられたことだった。釘のような尖ったもので、3本の線が助手席側のサイド、フロントのライト横からテールランプ横にまで全てに入っていた。停めていた車が全てやられていて、私の横の車は塗装の下地が見えるほどだった。話に聞くと翌日にもあったようで、その時は警察が入ったそうだが、ダメージは大きかった。一部にマナーの悪い人がいることは確かで、ゴミを撒き散らしたり、喧嘩をしたりしているのを何度か見たことがあるが、何の恨みがあってこんなことをするのだろうと思う。いつもゆっくりと釣りを楽しんでいるのに、その場所に行くのを躊躇うようになった。そして、その場所が私にとっては人が少なくて落ち着く場所だったから、新たな釣り場を開拓しようという気も失せて、絶好のシーズンなのに釣りをしたいと思えなくなってしまった。正直、今の私には釣りと農作業くらいしか気分転換を図る術がないので、昨日は農作業をしたのだが、農作業も最近動物が出て、実ったものを食い散らかしてしまう。残った気晴らしは、写真を撮りに行くくらいかと思ったりもするが、その気持ちにもならない。

 そしてこれが一番の問題なのだが、仕事で精神的なダメージが大きい事案が発生して、その出口が全く見えないでいる。いつになったら解決に向かうのだろうか、と思う。夜、眠ろうと思って横になったとしても、それが頭の中でぐるぐると回り続けて、なかなか寝付くことができない。止めていた飲酒を少しだけして、少し忘れて眠ることができるようになる。15年ほど前、精神的に参ってしまって投薬治療を続けていたが、その時のことがふと蘇ってきて、恐怖すら感じるようになってしまった。いっそのこと、仕事を辞めた方が精神的にも安定するのだろうと思うが、家族のことを考えるとそれにはなかなか踏ん切りがつかないし、第一、私に何も落ち度がないのになぜこんなに追い詰められなければならないのだろうとも思う。

 今日は朝、いつも通りに起きたのだが、何もする気になれず、ぼんやりとベッドの上で過ごした。今やっと起き出して、これを書いているくらいだ。本を読む気にもならない。こうやって気持ちを整理して書くことが認知的にも良いのだろうと思っているのだが、考えも支離滅裂になってしまって何のためにこれを書いているのだろうと思う。

 何もする気になれないというのは、15年前にずっと起こっていたことだ。ただ、マンションの冷たい一室で横になって時間が過ぎるのだけを待っていた。翌日、仕事に行かなければならない時、力をふりしぼって服を着替え、何も口にしないで家を出た。仕事を一度休んでしまうと、二度と仕事に行けないような気がして、怖かった。だから、ふらふらになりながらでも仕事をし続けた。一体、何が辛かったのかということはよく覚えていない。ただ、辛かった記憶だけが鮮明に残っていて、それが今になってフラッシュバックしてくるのだ。

 多分、15年前も自分の力ではどうにもならないことがたくさんあって、しかもその出口が見えなくて苦しんでいたのだろうと推測する。そんな状況があったことは確かなのだ。そして、それは何年も解決せず、私の身体と精神を蝕んでいった。そんな徴候が今また、見えつつある。

 どうしたらいいのかよくわからない。時間が解決してくれるのだろうか。ただ、横になってやり過ごすより仕方がないのかもしれない。15年前より、自分は強くなったのだと勘違いしていたことに改めて今、気付く。私は私で、今も昔もそんなに変わっていないのだ。

20211017

Nikon coolpix S9400

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