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2015年3月12日 (木)

大学に入学した春

 3月だ。インターネットの広告などを見ると、一人暮らしのための家電製品とか、ワンルームマンションとか、浪人した人向けの予備校とかいったものがよく見られるようになった。私が大学に入学したのは、もう20年以上前のことなのだけれど、昨日のことのように思い出す。

 私は第一志望の大学を落ちて、いわゆる後期入試で大学に合格した。行きたくなくて仕方がなかった。前期の第一志望を落ちた時点で予備校の入学手続きも済ませていたし、後期でもし合格しても行かないで浪人しよう、と思った。

 後期試験を3月のちょうど今頃の時期、受けた。第一志望を落ちて、失意のうちに全く勉強も手に付かず、福岡という街に一人で行くのも初めてだったから、辛かった。新幹線で博多まで行き、その足で地下鉄に乗って大学を見に行った。大学の上を飛行機が音を立てて飛んでいた。この大学に来ることになるのだろうか、とふと思いながら、どうでもいい、と思いながらホテルに戻った。ホテルのレストランで、一人で食べる夕食は砂を噛むようだった。早く食べて、出て行ってしまいたかった。ホテルの部屋で、夜2時頃まで新幹線の中で読んでいた小説の続きを読み、とりあえず寝ようと思って寝た。

 翌朝はひどく疲れていて、地下鉄の天神駅まで歩き、そこから地下鉄に乗って大学まで行った。試験開始が10時半くらいからだったと思う。大学に10時くらいに着き、小論文の試験を受けた。後期は欠席している者が多いという話を聞いていたのだが、そうでもなく、階段状になったコンクリートの部屋は、多くの受験生で埋まっていた。何となく英文を読んで何となく小論文を書いた。その後、どうやって帰ったのかは記憶からすっぽりと抜け落ちている。一人で遠い福岡まで試験を受けに来たという妙な孤独感と、緊張感で消え入りそうだったのが、帰る段になって気持ちがゆったりとしたのだろうと思う。ストレスがかかっていない時の記憶、胸が締め付けられるような惨めさのない記憶は、ほとんど私には残らない。

 数日後、電子郵便(これはまだあるのだろうか)が来て、そこに自分の受験番号があった。合格した、と思った。ただ、それだけだった。喜びは、なかった。家には仕事の休みだった父だけがいて、昼過ぎだったので、父は昼寝をしていた。父の部屋に入り、「合格していた」と言うと、父は目をこすりながら慌てて起き上がり、眼鏡をかけて「よかったな」と言った。父が起き上がる所しか覚えていない。それだけの会話を交わして、私はどうしようかと思った。

 そこからの記憶はあまりない。いろいろ考えたのだが、もういい、と思って半ば投げやりに、合格した大学に行くことにしたのだった。高校に電話をした時に、担任の先生が、浪人するのではなかったのか、と言ったことを覚えている。悲しかった。自分も嬉しくなかったし、喜んでくれたのは父だけだった。浪人を諦めたのは、父が喜んだことが原因なのかもしれない。

 翌々日だったと思う。私は母と二人でまた、福岡に行った。博多駅から地下鉄に乗り、五十周年記念講堂という所に合格通知を取りに行った。講堂の前にはずらりと受験番号の書かれた掲示板があったけれど、学生がその前を時折通るくらいで、受験生は誰も見ていなかった。私は、自分の受験番号だけでも見ておこうと思って、掲示板を見た。確かに、あった。合格通知を渡してくれた大学の職員は、微笑んで「おめでとう」と言った。この大学に来るのが、自分にとっては本当は良かったのかもしれない、と思った。

 そのまま、タクシーで教養部まで行き、教養部の近くの不動産屋に行った。不動産屋は後期入試で合格した人たちで比較的混雑していたが、不動産屋の人が丁寧に対応してくれた。後期試験で、入学式まで1週間ほどしかないから、ほとんど物件はない、ということだったが、これはどうですか、と勧めてくれたのが戦後すぐに建てられた、二階建ての一戸建てだった。大家さんの娘さん夫婦が使っていた離れらしかったが、そこを学生に貸そうということだった。家賃は3万円台半ばで、見に行くと住宅街の閑静な所だった。いくつか見に行ったのだけれど、母は、そこにしたら、と言った。大家さんが玄関を開けたらすぐ隣にいて下さるというのが、母の安心感に繋がったのかもしれない。

 大家さんは、もう仕事を定年退職された白髪の博多弁の温厚なご主人と、丸顔でにこにこしている奥さんの二人で、すぐ横の母屋に住んでおられた。お二人とも本当に良い方で、1年生の時、大学からすぐそばだったので私の家はたまり場になっていて、10人ほどの友人たちがいつも出入りしていたけれど、文句一つ言われたことがなかった。夏休みに帰省している時、私が部屋を散らかしたまま帰ったのを見かねて、奥さんが、掃除したよ、ごめんね、とおっしゃって、本当に申し訳ない気持ちになったのを覚えている。

 そこから引っ越しをして、入学式までまた、いろいろなことがあった。その頃のことを思い出すと、たった一週間のできごとだった筈なのに、胸が締め付けられるような思いがする。自分の正直な気持ちに嘘をついたという思い、両親に結果として悪いことをしたという思い、でもその大学に行き、たくさんの人と出会えたからこそ、今の自分があるという思い。そんな交錯する思いが、胸を締め付けるのだと思う。

 また機会があればこの頃のことを書きたい。

20150312

Nikon FA w/Ai Nikkor 24mm F2.8  入学して2年後、九州大学50周年記念講堂前で

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