2018年12月30日 (日)

雪を降らす雲

 もう1年が終わろうとしている。年を取ると、本当に加速度的に1年が早く過ぎていく。去年のことだったか、あるいは一昨年のことだったのか、時々、分からなくなってくる。毎日、ただ、毎日が平穏に過ぎていくことだけを願って生きていると、そうなってしまうのだろう。このまま、あっという間に年をとり、あっという間に死んでいくのだろう。それはそれでいい、と最近は思うようになってきた。若い頃は自分をまるで不死身のように思っていたのに、そうではないことが45を過ぎるとよく分かってくる。

 年末年始は休みなのだが、大掃除もしたし、特に今日はすることがなかった。あまりに暇なので家にあった大根を煮てみる。ただ出汁を入れて煮ただけなのだが、それがなかなかに旨い。大根を煮て、それからまた何もすることがなくなった。仕事があるにはあるのだが、年末と年始に仕事をする気持ちにならない。天気予報を見ると、風が強いようだ。西の風4mと出ている。波も高い。釣りに行くかどうか躊躇したのだが、とりあえず行ってみることにした。
 
 今日は日曜日なのだが、年末のせいか、道路はがらがらだった。あまり車は走っていない。いつもより早く釣り場に着いた。風は思ったよりもないし、波も高くない。これなら大丈夫だと思って用意をする。堤防に下りると、数人が釣りをしていた。まだハマチが釣れるということを聞いたので、メタルバイブを持ってきたのだった。メタルバイブを投げて速めに巻くと、時々、ルアーに体当たりしてきたようなアタリがある。いるのだろう、と思って巻く速さを変えてみるが、全く乗らない。3時間ほどルアーを巻いては投げ、を繰り返していると右手がだんだんと痛くなってきた。もう止めよう、と思って東の空を見ると、雲から白い筋が降りている。夕日に当たって、少し橙色がかって光っている。うっすらと虹も出ているみたいだ。何だろう、と思ってしばらく眺めていた。雨が降っているようだった。夏、遠くの雲から雨が降っているのを見ることがある。黒い雲の下に、薄いカーテンをかけたように雨粒が降っているのを見る。ここ最近のことだ。子どもの頃には、見ることがなかった。ゲリラ豪雨という言葉があるが、そんな雨だ。
 
 でも、雲から降っているのは、雨ではないように思えた。雨ならば、もう少し揺れ動くような気がする。雲のように、止まったように、雲から下に筋が降りているのだった。雪だろう、と思った。釣りをしながら時々眺めていると、雪を降らせる雲は、陸地からだんだんと海の方に流れていき、やがて雪を降らすのをやめて、どこかへ流れていってしまった。
 
 今日は、日本海側は雪らしい。その雪を降らせた雲の一片が流れてきたのだろう。そう思いながら竿を片付けた。何も釣れなかった。
 
20181230
 
Kyocera Torque G03

2018年12月 2日 (日)

初冬

 もう12月だ。何をやっているのかよく分からないうちに、もう今年も終わろうとしている。こんな風に年が終わっていくと感じてもう20年くらいになるだろうか。去年の今頃のことを考えてみるといろいろと思い出すことがあるのだが、それが去年のことだったのか、一昨年のことだったのか、よく分からなくなってくる。若い頃は何年に何があった、という自分史的なことは大概覚えていたのだが、最近は全く覚えられなくなってしまった。大きな出来事があったのも、それが何年前に起こった出来事なのか分からなくなってくる。毎年、同じように生活し、何の進歩も発展もないから、ただ、老化だけが進んでいくから、多分そうなるのだろう。

 ただ、それは悪いことでもないような気もする。ただ、平凡に日々が過ぎているということだからだ。平凡な日々というのは何ものにも代え難いと思う時も多い。それができていることには感謝しなくてはいけないのだろうと思う。
 
 仕事は相変わらず忙しく、私的な領域も様々なことがあって、しんどいことが多い。たまに休日があるとぐったりとしてしまうのに、折角休みがあるのだから、と早朝から釣りに出掛けたりする。何も釣れずに却って疲れてしまうことも多いのだが、月に二、三日しかない休日を無駄に過ごすわけにはいかないような気がしてならないのだ。
 
 数年前に国分功一郎が「暇と退屈の倫理学」という本を出したが、あれを読んで「何を今さら」と思った。休日にも資本主義的な論理が入り込んで、それを消費するということになっているのが現代だと言うが、昔からそんなことはあったわけだし、では、消費しない休日というのは何なのだろうか。休日は農業をして、生産的に過ごす、と言っても農作業には道具が必要だし、苗も肥料もタダではない。野菜が採れたとしてもそれは市場で買ったらいくらだとか、つい考えてしまう。読書をして過ごしても、本は図書館で借りなければ消費になる。いや、図書館に行くにしても、交通手段を使えばそれは消費になる。つまりは消費でない余暇など存在しないと以前からずっと思っているし、多かれ少なかれ余暇には消費が伴うのは当然だ。兼好も徒然草を余暇に書いたのかもしれないが、あれも筆や紙を消費しているわけで、全く消費せずに余暇を過ごしていた訳でもない。
 
 暇な日、というのは時間が自分の感覚で過ごせる日なのだと考えるようにしている。時計の時間に追い立てられる日が続くが、たまには太陽の動きに合わせた生活をしてみてもいいんじゃないかと思う。「何時から何をする」というのではなく、「今日は一日が終わるまでにこれをしたい」とおぼろげながら楽しみを考えることが、実は余暇というものなのだろうと思う。ただ、翌日からまた時計の時間に従って生きていかねばならないという絶望的な感覚もうすうすと感じながら、であるが。
 
 今日は久しぶりに何もすることがない。気が向いたからブログを書いて、夕方に2時間ほどだけ釣りに行こうかなと思う。寒くなってきたので、釣り人も少しずつ減ってきているような気もするし、釣れるかどうかはともかくとして、ゆっくりと釣りができる季節になったように思う。海辺で、時々休みながら何も考えずに竿を振るのはいいものだ。
 
20181202
 
Kyocera Torque G03

2018年11月26日 (月)

エル・プリメロふたたび

 久しぶりに時計を買ってみた。というよりも、ここ数年ずっとくすぶり続けていたことを実行してしまったというしかない。

 腕時計は何本か持っている。最近は若い人たちの間で時計をしないという風潮があったりして、中価格帯の時計がなかなか苦戦しているらしい。アマゾンを見ると、中国製と思われる安価な時計が数多く売られている。機械式の時計も多い。自動巻が2000円くらいで買えるというのはびっくりする。学生の時、スウォッチからオートマチックというシリーズが出て、手の届く自動巻の時計が出たと喜んで大丸まで買いに行ったのを覚えているが、それでも1万円ほどしたと思う。スウォッチのムーブは無論スイス製だったが、今は中国製も良くなっているのかもしれないとも思う。
 
 時計は基本的にはクロノグラフを使っている。ストップウォッチを1日に数回、日常的に使用するので、クロノグラフが便利なのだ。いつもはブライトリングのクロスウインドを使っている。これはもう10年以上前に中古で買ったものだ。17万円くらいだったと思う。1度オーバーホールをしているが、外装が強いのがいい。ほとんど大きな傷もなく、買った時とあまり変わらないである。その前はゼニスのレインボー・フライバックを使っていた。中古を20数万円で購入し、ブライトリングを買う時に手放した。エル・プリメロという名作ムーブメントを使っていたので、どうしてもゼニスが欲しいと思って買ったのだが、これはよく故障した。10年ほど使用したが、多分、修理に15万円以上かかっていると思う。手放した時は買った時とほとんど同じ値段で売れたので喜んだのだが、ここ数年、またエル・プリメロを載せた時計が欲しいと思うようになった。使っているブライトリングのムーブはバルジュー7750ベースで、丈夫で故障も特にないし、ほとんど狂いもないから満足はしているのだが、エル・プリメロというのはやはり何か惹かれるものがあるのだった。それで、前に持っていたレインボー・フライバックを探してみたのだが、ひどく値上がりしていて、40万円ほどするものがほとんどだった。レインボー・フライバックはケースが割にチープな造りで、回転ベゼルが故障したこともあって、それが気になったことを思い出したから、別の時計を探すことにした。
 
 エル・プリメロを搭載した時計は本家ゼニス以外にも結構ある。ゼニスの時計は全く手の届かないような値段になってしまったから、手頃な他社の時計を探してみる。学生の頃は、ロレックスのデイトナがエル・プリメロを改良したムーブを搭載していて、値段が80万円ほどだったのを覚えているが、ちょっと値段を見てみると、小さな家が建つくらいの値段になっていてひどく驚いた。ロレックスは値上がりが凄い。バルジュー7750を使ったチュードルのクロノグラフなんて、ショップで98000円などという値段で売られていたのに、今では全く手の届かない値段になってしまっている。
 
 エル・プリメロを使った時計は、安そうなところではコンコルドやエベルがあるかな、と思ったが、却って稀少なのだろう、ほとんど見かけることがない。数年前にゼニスと同じLVMHグループのタグ・ホイヤーのモンツァのキャリバー36というのがエル・プリメロだというのを知って探したことがあり、その頃は20万円を切るくらいだったからまだそれくらいかな、と思って見てみると、30万円くらいまで値上がりしている。とても買えない。キャリバー36で検索していると、タグ・ホイヤーのリンクにキャリバー36を搭載したモデルがあることが分かって、それが比較的安価だということが分かった。それでも、20万円台前半である。色々なものを手放して購入する予定なので、20万円以上出すこともできそうにない。
 
 そうやって探していると、リンクが10万円台後半で売られているのを見つけた。程度もそこそこ良さそうなので、思い切ってそれを買うことにしたのだった。
 
 届いて、早速時間を合わせてみる。エル・プリメロにはハック機能がないのを忘れていて、一瞬故障かと思ってしまう。また、クロノグラフの12時間針がプッシュボタンを強く押さないと戻らないというのも前に持っていたレインボーと同じだった。ブライトリングと違って、プッシュボタンの操作が柔らかい。以前、レインボーを使っていた時の感触が蘇ってきた。レインボーは裏蓋がシースルーになっていなかったから、中の機械は見えなかったが、今回のリンクは見える。エル・プリメロはこんな機械だったんだな、と改めて思う。
 
 このリンクは、多分、日常使いにはしないと思う。日常使いにはブライトリングの方が視認性もいいし、何より傷が付かない上に時間が正確だからだ。でも、別の時計が手元にあるというのは何となくいいように思う。時々は、出して使うことになるだろう。若かった頃の、手元の感触が機械式の時計にはあることが、分かった。
 
20181126
 
Nikon Coolpix S9400

2018年10月30日 (火)

何ができたのか

 10月ももう終わりだ。今年もあと2ヶ月になった。今年、何をしていたか考えてみるが、1月からずっと綱渡りのような生活だった。仕事も家もさまざまなことがあって、ただ、自分の無力感だけが募っていく。何もできず、何もせず、何も知らない。こんな状態でここ1年は過ごしてきたように思う。40代も半ばになって、一体、自分は何をしてきたんだろうとふと我に返る。そして、何もできておらず、何も知らないことに妙な焦りを感じる。ただ、漫然と日々を過ごしているだけのような気がするのだった。

 何をしても無力である。仕事で努力を重ねてもそれはいつも中途半端で終わるし、家庭に自分の身を置こうとしてもその居場所はもうすでに失われている。仕方がないので仕事にも家にもおらず、海に出掛けて釣りをする。釣りをして、現実逃避したとしてもせいぜい3時間がいいところで、それ以上になると疲れてしまって横になりたくなる。
 
 10月はあまり釣れなかった。でも、それはそれでいい。
 
 何かしなければならないのだろうか。これからの人生は、本当に私の人生であるのだろうか。今までの人生は、自分の人生だったと言い切れるのだろうか。他人から見れば、きっとそうなのだろう。けれど、自分が時計の時間に縛られ、誰かに飼い殺しにされているような気持ちになる。人生が幸福なら、多分日々はそういうふうには過ぎていかないのだろうと思う。
 
 夜になると無性に酒を飲みたくなる。ふらふらになるまで毎日飲んで、階段もきちんと上がることのできないほど酔う。毎日、毎日飲む。そんなふうにして1年を過ごしていると、体がおかしくなった。それも自業自得なのだ。何もできず、ただ、少しだけ破滅的な人生を送りたいと願う。
 
 あと2ヶ月の間に何が出来るというのか。
 
20181030
 
Kyocera Torque G03

2018年10月 8日 (月)

秋の休日

 昨日と今日は仕事が休みだった。来週は土日もないから、2日続けての休みはありがたく感じる。2日とも、場所は違うが、釣りに出掛けた。両日とも朝4時過ぎに釣り場に着いたが、満員盛況といったところで、暗い中、入れる場所を探して4時間ほど釣りをして帰った。それにしてもハイシーズンだから、人が多い。冬場のマゴチ釣りみたいに、広い砂浜で一人だけ、ということもない。5mおきくらいに人がいるような感じだ。この前は、私のすぐ横、ほんの1mも空いていないところに70歳くらいの人が入ってきて、釣りをし始めた。他の場所はたくさん空いているのに、である。「ジグが当たると危ないから、ここで釣らないでほしい」と言うが、全く無視して道具を用意する。多分いつものポイントなのだろうが、こんな割り込みをするのはいつも年配の人だ。仕掛けのゴミも海に捨てている。せめて挨拶くらいすればいいと思うし、釣り場にゴミを捨てるのもどうかと思う。結局、その時は危ないから私が場所を変わった。

 最近、ショアジギングを始めた。去年、ハマチを何尾かメタルバイブで釣ったのだが、シーバスロッドでハマチはなかなか寄ってこず、苦労した。それで、ショアジギングロッドのMを買って、それに35gのメタルバイブを付けて使っていたのだが、そうすると使用感がまるで違う。ロッドがかなり硬いので、魚が掛かってからの安心感は大きいが、今度は28gとかのルアーを投げにくくなった。それで、40gのメタルジグをいくつか買い、それを使ってみることにした。
 
 さて、そうは言ってもメタルジグをどうやって動かしたらいいのかよく分からない。ビデオで見たり、釣り場でやっている人を観察したりで練習をして、何とかワンピッチ・ジャークをスムーズにできるようになった。やってみるとなかなか面白い。まず、メタルバイブと違って、メタルジグはよく飛ぶ。糸の出方を見ていると、100mは飛んでいる。メタルバイブはせいぜいが70~80mといったところで、飛行姿勢が悪いとくるくる回ってそのまま下に落ちていく。それに、メタルバイブばかり使っていると引き重りがひどくて、リールを巻く左手が疲れてくる。メタルジグを使うと、ロッドをしゃくるのは確かにしんどいが、リールを巻く方はかなり楽だ。ロッドも持つ位置を考えればそんなに力を入れなくてもしゃくり続けることが出来るし、疲れたらジグをただ巻きするようにすればいい。そんな使い方で、秋になってから3回ほどやってみた。
 
 ワンピッチジャークを繰り返していると、ゴン、とあたる。まだ本格的にハマチは回ってきていないから、サゴシ程度しかまだ釣っていないが、メタルバイブの横の釣りとはまた違った面白味がある。メタルジグを魚が選ぶのか、いくつか使ってみたが、なぜかダミキの闘魂ジグCoreというのでしか掛かってこない。私の腕の悪さをこのメタルジグが補ってくれているのかもしれない。
 
 なかなか仕事が立て込んでいるのと、土日に仮に休みができたとしても、釣り場はどこもすごい人出だ。どこか、遠くの人がいない所に、とも思うが、なかなかそんなこともできないだろう。
 
20181008
 
Nikon Coolpix S9400

2018年9月24日 (月)

サゴシ1匹

 昨日は休みになった。元々は仕事が入っていたのだが、それがなくなったのだった。突然に仕事が入ると気が滅入るが、突然に仕事が休みになると素直に嬉しい。天気も良さそうなので、釣りに行くことにした。

 いつも行く突堤に出掛けた。世間は3連休だし、秋のシーズンなので釣り人が多いだろうと思い、3時に家を出た。夜釣りの人がいるかもしれないが、多分それでも少ないだろうと思ったからだった。3時半頃に駐車スペースに着くと、5台ほど駐められるスペースは満杯だった。しかも、離れた所にある駐車スペースから歩いてくる人の姿も見えた。とりあえず離れた所にある駐車スペースまで車を走らせる。まだ3台ほど駐められる。車を停めて、準備をして、歩いた。今日はかなりの距離を歩かなければならない。
 
 突堤に着くと、もう何人かが真っ暗な中、釣りをしていた。キス釣りの人が多いみたいだ。何本も置き竿をしている人がいる。キスの夜釣りは大きいのが来るので面白いが、数週間前の午後に引き釣りをした時は、ピンギスばかりだった。キス釣りは突堤の根本付近の比較的浅い所の方がいいようで、そこに人が10m置きくらいで釣りをしている。私はルアーなので、突堤の先端に向かう。
 
 突堤の先端付近には人がいないようだった。今日は大潮だし、多分かなり流れが速いだろうから、突堤の潮下にキャストできる所に荷物を下ろす。突堤の先端には灯台があるのだが、私の反対側に人の気配がしたので見てみると、一人いて、煙草を吸っている。釣りはしていないようだ。2人は入れる場所なので、まあいいだろうと思って準備をしてキャストしてみるが、人の気配が気になって仕方がない。荷物をまとめて、突堤の少し手前に移動した。ここは大潮の時には西側に潮目がずっと出来る所で、ベイトがいれば何かが寄ってくるのではないかと思ったのだった。
 
 夜が明けると、次々に人が来る。突堤の先端まで5mおきくらいに人が並ぶ。サビキをしている人がいて、イワシを上げている。どうもベイトはいるみたいなので、少し期待しながらロッドを振る。40gのメタルジグを投げてしゃくっているとゴン、と当たった。ドラグが少し出るが、巻くと割に素直に引っ張られてくるので多分、サゴシだろうと思う。手前まで寄せた所で急に暴れて、針が外れてしまった。手応えからサゴシなら50cmくらいではないかと思われたが、バラしてしまったものは仕方がない。メタルバイブに切り替えて釣りを続けていると40cmくらいのサゴシが掛かった。これくらいならと思って抜き上げた。時合いかと思って何度もキャストするが、なかなか乗らない。針が劣化しているのかもしれないと思って別のメタルバイブにする。
 
 そのうち、突堤のすぐ先端に漁船団が現れた。数隻の船で網を引いている。距離は300mくらい先である。イワシが大量にいるので、それを獲っているのかもしれないが、何の漁なのかは分からない。カモメがたくさん船の周りを飛んでいる。
 
 漁船が操業を止めると、ぱたりとアタリがなくなった。それでもと思って1時間ほどロッドを振り続けたが、人が多くてロッドを振るのも危ないような感じになったのと、ショアジギングでしゃくり続けて腕がだるくなったのとで、8時頃に止めることにした。
 
 結局、サゴシ1匹だけだった。来週、再来週とずっと仕事なので、なかなか釣りにも行けないが、これから青物は11月の末くらいまで回遊してくるのだろうと思う。釣りには一番いい季節だ。
 
20180924
 
Kyocera Torque G03

2018年9月15日 (土)

小さかった頃

 この夏は暑かったからか、夢ばかり見た。夢を見る浅い眠りが続いた。今は夜になるとだいぶ涼しくなるけれど、夢を見て夜中に目が覚める。ほとんどの夢は忘れてしまうものなのだろうけれど、ここ1年くらいは小さかった頃の記憶が蘇るような夢ばかりだった。

 実家には離れがあって、小さかった頃はその離れで両親と寝ていた。古い離れで、階段は薄い板で作られ、その階段の奥には埃を被った本棚があった。畳は波打ったようになっていて、北側に窓があったのだけれど、その窓の外側には古びたアルミの手すりが付いていて、その手すりはあちこちが傷んだり曲がったりしていた。部屋には縁側があり、その縁側にも古い本やレコードが置かれていた。部屋の隅にはタンスが一つあり、そのタンスの上にはガラスケースが置いてあって、フランス人形やこけしが飾ってあった。今はもう、その離れはない。でも、夢に出てくるのはその離れの部屋の出来事ばかりなのだ。小学生になると母屋が新築されて、そこで寝ていたから、離れで寝ていたのは多分4才か5才までのことだろうと思う。それが取り壊されたのは今から20年ほど前だが、実家で過ごした高校生までの間に、その部屋に入った記憶はほとんどない。家の者もあまり行かない部屋で、畳や廊下には埃が溜まっていて、歩くと足の裏が黒くなった。
 
 夢の中では、両親と私とがその離れで何かの話をしたりしていることが多い。先日の夢では、父親と離れで話していると、部屋の木の引き戸が突然開いて、誰だろうと思うと20年ほど前に亡くなった伯父が現れた。私が覚えている、中年の伯父のままの姿だった。伯父はいつも盆と正月とに帰省してきて、よく遊んで貰った。伯父に死んだはずだけれど、と言うのだが、伯父は笑っているだけだった。確かめようと伯父の肩に手を伸ばした所で目が覚めた。
 
 実家には父と母とが住んでいる。本来なら私が一緒に住まなければならないのだが、といつも思う。父も母も、老いた。私の気持ちはいつまでも両親の子どものままで、申し訳ないと思いながらも日々の生活に追われて身動きが取れないでいる。多分、たくさんの私くらいの年齢の人たちが、私と同じような気持ちでいるのだろうと思う。
 
 多分、私は4才くらいまでの小さかった頃が一番幸せだったのだろう。だから、その頃の夢ばかり見るのだろう。自分が大事にしなければならないことから目をそらして私は毎日、生きている。それを、目をそらしていること、逃げていることを、小さかった頃の記憶を蘇らせる夢で、私は、自分自身に無意識に分からせようとしているのかもしれない。
 
20180915
 
Nikon Coolpix S9400
 

2018年9月12日 (水)

GX7のレンズ

 今日は雨が降りそうだったから、車で仕事に行った。雨の中の散歩というのは悪くはないのだが、仕事場について仕事着が濡れそぼっているのもどうかと思ったのだった。結果、今日は雨が降らず、歩いて行っても大して変わらなかった。毎日歩くことは大事だ。今日はいろいろと仕事をしていてずっとそう思った。体が重かった。

 仕事から帰ってきたのは10時頃だった。遅くなるから、やはり車で出掛けても良かったのではないかと思い直す。家に帰って食事をし、ビールを飲んで眠くなる。
 
 先日、パナソニックのDMC-GX7を買った。GX7を買ったのは良いが、持っているレンズは4本である。以前、25mmF1.7というレンズを持っていた頃、GX7を本当に買うかどうかかなり迷ったことがあったが、単焦点レンズは富士のX-E2で使うことが多いから、GX7はズームレンズだけにしておけばいい、と思い、25mmF1.7は手放してしまった。だから、今は手元にはパナソニックのレンズが4本だけしかない。14-42mm、12-32mmという標準ズーム、14mmF2.5というGM1sにほぼ付けっぱなしにしているパンケーキレンズ、それから45-175mmという望遠ズームだ。それに加えて、やはり仕事で使うことがあるから高倍率ズームが欲しいと思った。結構大きなものが多いから、小さなものが欲しい。昔、オリンパスの14-150mmという鏡胴の細いズームを持っていたことがあるが、手ぶれ補正が付いていない。それで、12-60mmF3.5-5.6というパナソニックのズームレンズがいいのではないかと思った。探すと、あまり安価ではない。中古でも安くて25000円前後である。25000円ならいいか、と思って買ってしまった。GX7は安かったが、レンズは高価である。でも、昔に比べるとレンズは圧倒的に安くなった。ニッコールで考えてみると、24-120mmのズームが2万円台半ばで買えるということである。それはやはり安価だとしか言いようがない。中古デジタルカメラの値段は近年値上がり気味だとは思うが、それでもデジタルカメラ用レンズは銀塩の時とは違って、思わぬ安値に巡り会うこともある。12-60mmというのは、対価に応じた働きをしてくれるような気がして、25000円くらいのを購入した。
 
 それが、先日届いた。新品はとても買えないので勿論中古だが、GX7に付けてもバランスがいいし、AFもスムーズである。そして何よりコンパクトである。後は写りなのだが、それはまだ実写をしていないので何とも言えない。
 
 釣りばかり最近はしていたが、写真も時々は撮ろうと思う。12-60mmの使用感が楽しみである。
 
20180912
 
Kyocera TORQUE G03

2018年9月11日 (火)

歩くこと

 今年の夏はひどい暑さだった。特に7月の長雨の後からは急激に暑くなって、8月もほとんど雨が降らず、毎日暑さによる疲労が蓄積していったのだろうと思う。8月の終わりには1日、全く体が動かず、横になっていただけの日もあった。

 昨日から夜は涼しくなって、少し過ごしやすいと思うような気候となった。昼間は少し汗ばむが、朝は涼しいので、通勤の徒歩もかなり楽になった。夏場だと仕事場に着いたら汗だくになっていて、着替えたいくらいだったのだが、今日は少し汗ばむ程度だった。
 
 徒歩で通勤を始めてからもうだいぶ経つが、最初は歩いての通勤は面倒だなと思った。大体片道2キロほどの道のりである。朝が弱いので、朝に少しでも遅く起きると、通勤時間がなくなると焦り、車や自転車を使ってしまう。少しだけ早めに起きて準備をして、今は出掛けるようにしている。最初は歩くと疲れるだけなのかもしれないと思っていたが、全くそんなことはなく、職場に着いた頃には体が目覚めているような感じになっていて、仕事に入りやすい。それよりも、歩いている時にいろいろと考えごとが出来、しかもゆったりと考えているので新たないい考えが思い浮かぶことが増えた。たとえば車や自転車で通勤していると、その速度は結構な速さになるから、何も考えず、ただ、安全だけを考えていることが多い。歩行者だからといってぼんやりと歩いていると車に轢かれてしまいそうになるから、その辺りは気をつけているけれど、歩く速度というのは大したことがないのでそこまで神経質に事故に気をつけることもない。道路の右側を歩き続けるということを意識するくらいだ。
 
 今日は、久しぶりにカメラを持って職場に歩いて行った。途中、車や自転車だと気付かないような小さな変化に気付く。そして、歩いていると特に敏感になるのが嗅覚だ。犬のフンがたくさん落ちていてその臭いは厄介だが、急にいい匂いがすると思えば白い花が満開に咲いていたり、夜に帰っているとそれぞれの家からそれぞれの夕餉の匂いがしてきて、人間の生活を改めて考えたりする。自転車でもある程度はそれが感じられるが、ゆっくりと感じられるのは徒歩のいい所だろう。
 
 秋になって、歩くことが余計に楽しめるような季節になる。日々の中に、こんな小さな楽しみが見つかればいい。そう思いながら、歩くのだった。
 
20180911
 
Panasonic Lumix DMC-GM1s w/Lumix G 14mm F2.5

2018年9月10日 (月)

スマートフォンのバッテリー

 土曜日からずっと雨が降り続いている。今日も警報が朝から出ていて、子どもは学校が休校になったようだった。夏休みが終わったばかりだというのに、学校が休みの日が多い。8月から、降れば大雨か長雨という状態が続く。大きな水害や台風の被害もあったし、地震も立て続けに起こっているし、何か様子が変だと思う。私の住んでいる地域はそんなに被害もなくて良いが、家はひどくかさ上げされた土地に建っているので、地震が来れば地盤が緩んで傾くのではないかとも思う。

 
 北海道の地震などで、大規模な停電が起こっていた。自分の身の回りを見てみても、電気がなければ動かないものばかりだ。しかし、電気が通ったらまず最初に携帯の充電をしているという様子がテレビで流れていて、なるほどなと思う。
 
 ここ数年、iPhone5sを使っていた。ところが、1年ほど前から急激にバッテリーの残量が低下するということが増えた。家に帰って充電器につなぐと、バッテリー残量はまだ60%くらいは残っているのに、つなぐ前だと5%の表示になったりする。外出先、特に釣りをしている時などにバッテリーがなくなりそうだという警告が出ると、無性に不安になる。実際、突然に電源が落ちて何も反応しなくなったことも何回かあった。ショップに持って行って修理を頼もうとしたら、修理拠点に持って行かないと駄目で、ここではできないと言われたが、その修理拠点というのが車では行きにくい繁華街の真ん中にある。どうしたらいいだろうと思い、結局、単三電池を4本使うモバイルバッテリーを購入して、それにエネループを入れ、とりあえず外出先でも持ち歩くことにした。それで、3回くらいは充電が出来たし、充電器につなぐとバッテリー残量が増えるのでそれでいいかなと思って使っていた。
 
 ところが、夏頃からバッテリーが急激になくなることが増えた。私はほとんどスマホを触らず、ネットなどもほとんど見ないのに、時々天気予報を見たくらいでバッテリーがなくなってしまうことが増えたのだった。今年の夏は暑かったから、それでこんな風になっているのかなと思ったりもしたが、バッテリーのことで困り果て、結局買い換えることにした。iPhone5sで何の不満もなかったから、なんだか割り切れない気持ちもあったのだが、8月にショップに行って、適当なものを買うことにした。
 
 なるべく安くあげたいと思いつつも、釣りに使えてカメラもましなものを、と考えているが、そんなものはない。昔出でいたルミックスCM1みたいなのがあればいいのだろうけれど、あれはすぐになくなってしまった。iPhoneは10万円くらいしていたが、またバッテリーの問題があったら嫌なので、バッテリーが内蔵型ではなく、自分で交換が簡単にできるものをと思った。結局、京セラのTorque G03というのにした。防水で電池が自分で交換できるというのは目的に合っていたが、カメラがいいかどうかはよく分からない。しかし、とにかくバッテリーの問題は解決できた。そういえば、昔京セラの「サムライ」というブリッジカメラを持っていたなと思い出した。ころころしたハーフサイズのカメラで、72枚撮って、それを0円プリントに出すということをしていたなと思い出した。今も0円プリントというのはあるのだろうか。
 
 今回のスマホはバッテリーが1日は十分にもつ。ワイヤレスで充電も出来るし、まあ良かったかなと思う。カメラは大して期待していなかったけれど、iPhone5sよりはノイズが少ないような気がする。カメラは別に持って行けばいいし、とにかくバッテリーが持てばあの、「バッテリー残量が少なくなりました」という警告と出会って不安な気持ちにならなくて済む。今はもう、モバイルバッテリーは使っていない。けれど、使えるように置いておこうとは思っている。
 
20180910
 
Kyocera Torque G03

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