2016年8月21日 (日)

初めての釣り場

 昨日は仕事で一日潰れてしまった。仕事をしながら明日は釣りに行きたいと思っていた。遠くに出掛けていたので、帰りの休日の電車の中で、どこに行こうかとずっと考えていた。今年に入って初めて行く所があまりない。慣れない所に行くと、大抵期待外れで終わってしまうし、それならば近場で必ず釣れるような所に行こうと思う。でも、いつも同じ場所だと面白味に欠ける。かといって鳥取などといった遠くに足を伸ばそうとも思わない。なるべく近くで、キス釣りが楽しめるような所はないだろうかと思う。

 
 家に帰ってインターネットや釣り場ガイドの本を見たりするが、あまりピンと来ない。それで、Google Earthで家の近くの海岸線をずっと見てみることにする。海岸線を見てもそこに行けるかどうか分からない。いつも行く海岸の2キロほど西側に良さそうな浜があるのだが、浜の上は丘になっていて、そこに道があるのかどうかも分からないし、第一、行ってみたところでそこに下りられるかどうかも分からない。更に西へ、西へと探してみる。キスが寄りそうな浜はいくつもあるのだが、そこに行く道がない。渡船でも頼めば渡れるのだろうが、キス釣りに渡船というのもどうかと思う。
 
 それで、行けそうな所を一カ所見つけてそこに行くことにした。そこも崖の下にある小さな浜辺なのだが、その辺りは公園になっているので、下りることも出来そうだ。すぐ近くにキスが釣れるという小さな海水浴場もあるので、多分釣れるだろうと思った。
 
 朝、4時に起きて家を出た。途中でエサを買う。チロリが欲しいと思ったのだが、なかった。チロリはもう入ってこないのではないか、と店主が言っていた。石ゴカイを500円分買って浜に向かった。釣具店から数キロ先だ。車を停めて、浜に降りた。ちょうど夜が明けていて、崖の途中の階段から見る景色は美しいものだった。これを見られただけでも来て良かったかもしれない、と思う。今日はCOOLPIX S620を持ってきているので、数枚写真を撮った。まだ暗い。
 
 浜には誰もいなかった。浜を歩いて、一番端まで行く。端から下りてきた階段まで釣りながら歩こうと思ったのだった。用意して、投げる。巻き上げるとブルブルというキスのアタリがある。巻き上げるが、乗っている気配がない。そのまま巻き上げてみようと思ってずるずると巻き上げると、道糸と力糸のつなぎ目の所が絡まっている。ほどこうとしたら道糸が切れた。PEの道糸はあまり劣化しないものなのだが、このメーカーのものだけはよく切れる。巻き替えておけば良かったと思う。面倒なのでスプールごと交換した。別のスプールにはゴーセンのPEが巻いてある。ゴーセンのPEはトラブルが少ない。
 
 やはりアタリはあるが、それでも乗らない。フロートシンカーで釣っていたのだが、固定錘に交換する。フロートシンカーはサビキが軽いので楽だし、アタリがよく出て面白いからよく使っているのだが、どうもよくない。固定錘にしたらすぐにまたアタリがあって、今度は掛かった。上げてみると20センチあまりのキスだった。それからしばらく、ぽつりぽつりとキスが釣れ続く。エサ取りのチャリコが釣れ続く。全てリリースするが、針を飲んでしまっていたものが2匹あったのでそれだけは持って帰ることにした。キスは、いつも行く所よりアタリ自体は少ないが、型が大きい。日が高くなるにつれてピンギスが多くなり、リリースすることが増えてきたので、9時頃まで釣り、帰宅することにした。浜には数人のキス釣りの人がいた。やはり地元の人はちゃんと釣れる所を知っておられるのだろうと思う。
 
 家に帰って見てみると、20匹ほど釣れていて、そのうち8匹が20センチ強、というところだった。竿先が引き込まれるような感覚は、なかなかに楽しいものだ。久しぶりに楽しい釣りができた。
 
20160821
 
Nikon COOLPIX S620

2016年8月16日 (火)

盆休み

 久しぶりに書く。パソコンの置いてある部屋が暑いので、なかなか書く気にならないでいる。盆前までは仕事も忙しくて、体も重く、一体どうしてしまったのだろうと思っていた。何か悪い病気なのだろうか、とずっと息苦しく感じながら、体中を痛く感じながら思っていたのだが、どうもそうではなかったようだ。ただ、疲労が溜まっていただけのようだ。

 13日に実家に帰って一日、寝ていた。こんなに寝られるのか、と思うくらい寝る。家にいると様々な雑音のせいでぐっすりと寝られることがないのだが、実家の周囲は田んぼばかりで何もないから、雑音もない。冷房をかけなくても窓を開けていたら涼しい風が入ってくる。
 14日に目が覚めると、驚くほど調子が良くなっていた。疲れがまるでない。こんなに疲労感がないというのはいつ以来だろう、とふと思った。
 
 盆休みは今日までにしているのだが、盆の間は釣りには行かないことにしている。小学生の時、従兄弟が帰省してきていたので、一緒に近所の川に鯉釣りに出掛けて、大きなな鯉を釣ったのだが、家に帰ると、父親が盆に殺生をするな、と言った。そう言われると盆に殺生をするというのは気が引ける。
 
 盆に釣りに出掛けられないから、11日に釣りに行った。石ゴカイを買ってキス釣りに行った。今日は釣れなくてもいいか、と思いながらいつもの所に出掛けて仕掛けを投げるとすぐにアタリがあって、20センチくらいのキスが上がってくる。100メートル以上投げないとなかなかアタリもないし、50メートルくらいの所にロープみたいなものがあるらしく、かならずそこで根掛かりをするから、投げては少し曳き、という感じで3時間ほど過ごした。キスを20匹ほど釣った所で暑くなり、帰ることにした。大きいのは2匹だけで、後は天ぷらにするくらいの大きさのものばかりだった。
 楽しみのつもりの釣りも、暑さを避けて日曜日の早朝にするものだから、結局疲労の元になっているのだろうと思う。朝早く、睡眠時間を3時間ほどしか取らずに起きて釣りに出掛け、そのまま昼寝もせずに一日、家の用事をしながら過ごす。そんな日が1ヶ月も続けば、疲れも溜まっていたのだろう。
 
 盆休みで、かなり疲労は取れて元に戻ったような気がする。明日からまた、仕事だ。次の休日は2週間後だから、それを楽しみに頑張ろうと思う。
 
20160816
 
Nikon CoolPix S9300

2016年7月28日 (木)

暑い朝の自転車

 朝から体が重い。今日は雨が降りそうもなかったし、荷物もそんなに多くなかったから自転車に乗って行くことにした。時刻は7時半だが、既に暑い。

 仕事場に自転車で行く道のりは、ずっと下り坂だ。下り坂を軽く漕ぐだけで自転車は進んでいく。体が重いが、自転車は軽い。信号の手前からずっと車が連なっていて、渋滞が発生している。渋滞を避けて、路地に入る。路地に入っても、自転車ならあまり気を遣うことなく走ることができる。タイヤが細いので、ぼこぼこした路地の傷んだアスファルトは、スピードを出して走ることもできないし、体が重いこともあってゆっくり走る。
 
 気付くと、すぐ後ろに若い男性が自転車で迫っていた。自転車1台だけが通れるような道だから、ふらふらと自転車を漕いでいる私は鬱陶しいことだろうと思う。少し広くなった所でよけると、立ちこぎをして若い男性は私を抜いていった。なんだか申し訳ないような気持ちになった。
 
 昼まで何とか仕事を続けるのだが、昼からが今日はかなりきつかった。背中が痛くて、空気が薄いような気がする。息切れがするのだった。突然眠気が襲ってくるし、散々だった。勤務時間が1時間ほど過ぎた時点で、まだ疲労が濃かったので、帰宅することにした。帰りは、ずっと登り道である。それでも、自転車のギアを軽くして、ゆっくり登るとそんなに疲労も感じなかった。暑くて汗が額から流れ落ちる。
 
 室内着に着替えて冷房の効いている部屋にしばらくいると、少しだけ体力が回復してきたような気がする。テレビのニュースを見るが、暗いニュースばかりだ。ここ数日、ニュースを見ると気が塞ぐ。気が塞ぐのを防ぐために釣りに出掛けようと思うが、なかなかそのような時間を取ることもできない。せめて、部屋で釣り竿を磨いたり、リールの糸を巻き替えたり、仕掛けを作ったり、という小さな作業を退屈しのぎにやるくらいだ。しなければならないこともたくさんあるのだが、今の時期、家に帰ってそれをやろうという気持ちもなかなか起きることがない。
 
 8月になって、少しはゆっくりできたらいいのに、と思う。
 
20160728      
Panasonic Lumix DMC-GM1s w/Lumix G 14mm F2.5 

2016年7月26日 (火)

一日寝ていたい

 暑い日と、忙しさにかまけてなかなか書けずにいた。ほとんど毎日、仕事場と家との往復で、しなければならないことが山積しているし、家に帰ってもぐったりしていてパソコンはメールをチェックするだけになっていた。

 
 無論、写真を撮りに行くなどということもなく、家で防湿庫からカメラを取り出して寝る前に二、三枚シャッターを押してみる。写真を撮りに行きたいとも思うが、なかなか足が向かない。
 
 釣りは先日の日曜日に行った。暑くなると釣りをしていても意欲がなくなってくるので、涼しいうちだけにする。3時間ほどの釣行だ。暗いうちから家を出て、暗いうちに釣り場に着き、日が高くなりかけた頃に帰る。そうすると疲労もあまりない上に、帰宅するのが朝8時頃だから、日曜日を有意義に使える――という目論見だったのだが、その目論見は見事に外れる。それは、前日の夜に眠ることが出来なかったからだ。1時過ぎまでうとうとしては目が覚めるということを繰り返す。冷房をつけずに寝ようと思い、窓を開けて横になったのだが、横になった11時頃には窓から風が入ってきて多少は涼しく感じていたのだが、すぐにその風が止んで、寝苦しくなったのが原因だった。朝起きたら体が痛いので1ヶ月ほど前に高反発マットレスを買い、それを敷いて寝ているのだが、高反発マットレスというのは通気性がなく、保温効果が非常に高いので、横になってくるとその横になっている部分がとても暑い。冷房をつけていてもマットレスが体温を蓄積して暑くなってくる。寝返りを打つが、すぐに体が接触する部分に熱が溜まる。その繰り返しで、結局眠れなかったのだ。1時過ぎにもういいと思って冷房をつけ、1時間半ほど寝るともう起きなければいけない時間、3時だった。3時に起きて、準備をして、3時半に家を出る。眠くて仕方がない。こんなことまでして釣りをしなくてもいいのだが、今日しかできない、と思うと行かなければならないような義務感が出来てしまう。「暇と退屈の倫理学」という本が数年前に出て、それを買って読むと当たり前のことを大げさに書いてあり、なぜこんな本がベストセラーになるのかが理解できなかったが、実際に自分の「余暇」の使い方を考えてみると、その本の通りなので苦笑するのだった。
 
 いずれにしても、家に帰ると眠くて仕方がない。結局、昼過ぎまで寝てしまって、何のための日曜日なのか分からなくなってしまった。ゆっくりと本でも読もうと思っていたのに、目論見が外れて、結局疲労ばかりが溜まる日曜日となってしまう。
 
 こんなことがあってもいいのだろうと思うが、今週は辛い。夕方になると疲労がピークになり、もう帰りたいと思う。今週もまた、週末は仕事だ。一日、寝ていたいと思う。
 
20160726   
 
Panasonic Lumix DMC-GM1s w/Lumix G 14mm F2.5

2016年7月18日 (月)

石ゴカイの生命力

 昨日の釣り餌がまるまる残っていたので、今日の朝は釣りに行く予定にしていた。朝、3時に目覚まし時計を合わせ、目覚まし時計は律儀に3時にけたたましい音を立てた。だが、体が重くて起き上がりにくい。一度は行こうと思ってベッドから出て着替えをする所までは行ったのだが、もういいか、という気持ちが先行してくる。というのは、9時頃には家に帰り、また、所用のために出掛けなければならなかったからだ。3時に起きて4時前に釣り場に入り、8時になったら納竿しようと思って準備をしていたのだが、時計を見ると既に4時前である。もう今日は止めよう、と思ってそのまままた横になった。

 起きると8時頃だった。昨日のエサは氷と一緒にクーラーに入れていたので、多分大丈夫だろうと思ってクーラーを開けてみたら、かなり元気なままであった。これから海ならすべて海に帰してそれでいいということになるのだろうが、家から海まではかなりの距離があるし、どこかに捨ててしまうしかない。魚釣りのエサにする時には何も思わないのに、そのまま捨ててしまうとなると殺生をすることが妙に気になって、戸惑ってしまう。庭に置いてあるプランターの土を掘り返して、そこに虫餌を入れて、土を被せた。せめて植物の肥料にでもなればいいと思った。ついでにそのプランターには水をなみなみとやる。水がプランターから溢れてこぼれ落ちた。
 
 所用で出掛けて、夕方に帰ってきた。長く車を運転していたのと、炎天下にしばらくいたので、頭痛が酷い。頭痛薬を飲んで、外に出て煙草を吸う。ふと思い出して、プランターに水をやる。多分、今朝の虫餌はみな死んでしまっているだろうなと思った。
 
 水をやると、掘り返して埋めていた虫が出てきた。ほとんどは伸びてしまっている。炎天下のキス釣りの時、帰る間際の餌みたいになっている。ただ、数匹がまだ生きていて、水の中でくねくねと動いていた。石ゴカイの生命力は強いのだなと思った。冷蔵庫にでも入れていたら、一週間ほどならもつのかもしれない。ただ、しばらくは釣行の予定がない。それに、冷蔵庫に虫餌を入れていたら、家族が嫌がるだろうと思った。
 
 3連休は結局、何だったのだろうと思った。土曜日は仕事で、昨日は早朝の釣りができなくて家に帰り、前からやろうと思っていた家の片付けを一日かけてした。多分、その片付けで疲れて今日は起きられなかったのだろうと思う。そういえば、釣りに出掛けた日は、1時間ほどしか寝ていなかった。体が重いのも道理だ。
 
 明日からまた仕事だ。
 
20160718
 
Panasonic Lumix DMC-GM1s w/Lumix G 14mm F2.5

2016年7月17日 (日)

1時間の釣り

 今日は釣りに行こうと決めていた。暑いのは嫌なので、早朝の短時間だけだ。昨日の夜に天気予報を見ると、曇りになっていたので、大丈夫だろうと思って出掛けた。途中、エサを買う。朝3時半に家を出たので、道路はガラガラだった。ほとんど車は走っていない。さすがに平日だとトラックなどが走っていることが多いが、今日は日曜日で、しかも三連休の中日なので、ほとんど車はない。

 いつも行く釣り場に4時過ぎに着いた。東の空が少しだけ明るくなっている。ヘッドライトを持ってきていたので、それを点けて準備をする。夜釣りは基本的にほとんどしないのだが、こうやって早朝、暗い内に釣りを始めることはままあるので、ヘッドライトの安価なものを購入していたのだった。昔、父とチヌ釣りに行っていた頃は、豆電球の、電源が別にある大きなヘッドライトで、大して明るくもなかったのだが、今はLEDで電源も内蔵されていてかなり明るい。初めて使ったのだが、これがあれば夜釣りに行くのも悪くないな、と思う。

 仕掛けを用意して投げる。竿先にはLEDのライトを付けた。これも昔はケミホタルの大きなものを付けていたのだが、今はワンタッチで取り付けの出来る小さなLEDライトが売られていて、これも早朝の釣りの時は重宝する。置き竿にしようと思って大きめの針に青虫を付けて投げると、一投目から10センチあまりのキスがかかった。引き釣りをする方の竿を用意して、投げる。また一投目からキスが釣れた。20センチ弱のいいサイズだ。それからもぽつぽつと釣れ続く。

 突然、海の向こうで雷が落ちた。視界が開けているから、遠くまで見える。しばらくすると雷鳴が聞こえてきた。それから雷鳴が断続的に続く。危険だな、と思ってもう止めることにした。道具を片付けて護岸の階段を上がっていると、西側にカーテンがかかったように雨が降っている。これはもうすぐ雨が来る、と思って慌てて車に乗ると、バケツをひっくり返したような雨が降ってきた。何人か釣り人がいたが、誰も駐めている車の方には戻ってこない。戻ったのは私だけだったようだ。私にはこんな豪雨の中、釣りを続ける気力はない。

 数回だけ投げただけだから、エサはまるまる残ってしまった。クーラーに入れておけば多分しばらくは生きているだろうから、今日の夕方か、明日の朝にでもまた出掛けようと思った。今日は、1時間の釣りだった。

20160717

Nikon CoolPix S620

2016年7月 7日 (木)

スナップカメラ

 スナップでコンデジを使い、写真を撮り続けていると、気付かないことがある。それは、ピントが合っていない写真が結構な量、あるということだ。

 ニコンのS9300で写真を撮っていると、気になることがある。スナップではAFエリアを自動選択しか選べないのだが、AFが自分の思っていた所とは違う所に合っていることがある。また、AFが遅く、シャッターをなかなか切ることができないということになる。連続してスナップを撮影する時以外は、カメラの電源は切っているのだが、電源を改めてONにすると、そこから写真を撮り始めるまで1秒ほどかかる。勿論、ずっと電源をONにしておいていたら全く問題はないのだが、電池の消耗が激しくなるのでON/OFFはこまめにする。ONにしてもレンズが出て、ピントを合わせて、となると結構な時間となり、撮りたい時に撮れない、ということが起きてくる。これはかなりまどろっこしい。富士フイルムのXF1を使っていた頃は、沈胴していたレンズを引っ張り出しておいて、ズームリングを回せばストレスなく電源がONになっていたのだが、XF1はその部分の故障が多いということを聞いて早々に手放してしまった。S9300は良いカメラなのだが、動作がまどろっこしい部分だけが残念だ。

 スナップを撮る時は、やはりパナソニックのDMC-GM1がいいと思う。GM1にせよ、GM5にせよ、早々にディスコンとなってしまい、後継機も現れず、使おうと思うなら市場在庫を探すだけ、ということになってしまっていて、出来れば予備のGM5あたりが欲しいと思うのだが、GM5のグリーンを探してみても実はもうほとんど在庫もない。あるのは持っているブラックのものばかりで、これに関しては時々安くレンズキットが売られているのを見たりもするのだが、折角予備機を買うのなら、色違いがいいなと思ってしまう。いずれにしても、GM1やGM5は小さくて良いカメラだ。これが売れなくてディスコンになるというのは、どうかしていると思う。これがヒットしないとすれば、一体、どんなカメラが売れるというのだろうか。やはり一眼レフがいいのだろうか。ニコンのD500が売れているという記事を読んだりして、一眼レフ信仰というのが今でも根強く続いているのだなと思う。

 GM1やGM5は、本当にスナップ向きのカメラだ。これに14mmF2.5を付ければズームを繰り出す必要もないし、AFも速いし、文句ないスナップカメラとなる。リコーのGRを使っていた時期もあるが、GRよりもずっと良い写真が撮れると思う。GRの写真はどこかデジタル臭い。GM1の写真は、多少甘い部分はあるが、写真という感じがする。

 本当は、富士フイルムが質感の良い、小さなミラーレスを作ってくれたらそれが一番いいのだ。X-T1の後継機のX-T2が出て、そちらの方も気になることは気になるのだが、X-M1の後継機として、質感の良い、小さなミラーレス機を作ってくれないかと思う。ただ、それは売れないだろうとも思う。GM1やGM5が売れないというのは、こんな私が求めるようなカメラを誰も求めてはいないということだからだ。

 今日は仕事の帰りにGM1sを持って、20枚ほど写真を撮ってみた。全くストレスがない。思ったように写真を撮ることができた。やはり、GM1は良いカメラだ、と思う。

20160707

Panasonic Lumix DMC-GM1s /w Lumix G 14mm F2.5

2016年7月 6日 (水)

路上の写真

 昼から出張に出掛けた。あまりに暑い日で、出張に出掛けることにある種決意のようなものが必要な日だった。仕事場を自転車で出て、駅まで自転車を漕ぐ。自転車を漕いでいる間は風が吹いているので涼しいと感じるのだが、止まった途端に汗が噴き出る。信号で止まり、鞄に入ったタオルで滴り落ちる汗を拭く。駅について自転車を駐輪場に駐めて駅に向かって歩き出すのだが、汗がとめどなく流れ落ちてくる。汗を拭きながら切符を買い、ホームに上がると電車が来たところだった。本当はもう1本後の電車に乗るつもりだったのだが、もういいかと思って来た電車に乗る。電車の中は冷房が効いていて涼しい。

 電車に乗るとなぜかほっとする。自分が運転しなくてもいいという無責任というものが感じられるからかもしれない。平日の昼下がりの電車は、座席もあちこちに空いていて、私はボックス席に座り、ゆらゆらとした気持ちになる。このままどこか遠くまで行ってしまいたい、という気持ちになる。確か、この電車の終点は敦賀だった。敦賀まで行き、そこでうまい魚を食って一泊して、翌朝帰ってこられたらどんなに気分がいいだろう、と思う。

 そうしているうちに神戸の三ノ宮に着き、電車を降りた。電車を降りてバスに乗ろうと思っていたのだが、ちょっと歩いてみる気持ちになった。あまり暑く感じなかったのだった。折角歩くのだから、と鞄からカメラを出して首に掛けた。最近はカメラを使っていると何かと言われることもあるようなのだが、堂々と写真を撮ればいいと思いながら、時々、立ち止まっては写真を撮る。それが楽しいのだ。

 夏の昼下がりは、日射しがきつくて、何もかもが眩しい。薄暗い路地に迷い込むと、そこには熱く澱んだ空気が充満していて、焼けた牛肉の匂いがした。カメラを構えて写真を撮り続けながら、歩みを進める。ゆっくり歩く。歩いて、立ち止まると汗がまた滴り落ちた。喉が渇いていることに気付いてコンビニに入って、水を買う。喉を流れる水の感触が心地よかった。

 夏は歩く気がしない。けれど、汗をかいて歩いていると、段々と気持ちが高ぶってくるのが分かる。それは、多分、カメラを持っているからだろうと思う。目に付くもの、写真に撮っておきたいと思うものが次々に現れては消えていく。路上の写真は楽しいのだ、と改めて思うのだった。

20160706

Nikon CoolPix S9300

2016年7月 3日 (日)

写真をセレクトする

 今日は休みだ。調子が良ければ釣りにでも出掛けようかと思っていたのだが、朝7時頃に起き出して外に出てみて、その暑さに驚き、また、天気予報では昼から雨だということを言っていたので、出掛けるのを止めにした。午前中はホームセンターなどに行って釣具の整理をするためのプラスチック製のケースを買い、昼食を摂ってからは部屋の中で横になっていた。うとうとと眠りに就くが、すぐに目が覚めてしまう。出掛けようかとふと思うのだが、暑いし、この梅雨の時期に出掛けてもあまり釣れないだろうし、とやはり考え直す。

 何をするわけでもなく、昼からは横になっていたりしたのだが、横になっているとだんだんと胃が痛んでくる。何かしていようと思って、フォトブックにする写真をセレクトすることにした。2010年から2013年までの4冊を今まで作っているのだが、2014年のものをそろそろ作ろうかと思ったのだった。

 ところが、写真の量が膨大なのだ。1枚ずつ見直していくのだが、多分、数千枚はあるだろうと思う。銀塩だったらどうしようもないほどの量なのだが、デジタルならその数千枚の写真でも何とか対応できそうだった。大きめのサムネイルで見て、良さそうなものを拡大してコピーし、専用のフォルダに貼り付ける。3時間ほどそれをやり続けただろうか。部屋の中は冷房も付けていなかったので暑く、汗が額から滴り落ちる。5時頃に終わり、セレクトした写真の枚数を見てみると、200枚を超えていた。1年につき50ページまで、と決めているので、ここからまたセレクトをしなければならないし、次に色調などを合わせるために一枚ずつ画像処理をしなければならない。別段急ぐことでもないので、またゆっくりと出来ればいいと思い、今日はもうやめた。

 写真を撮りためたフォルダを見ていると、2015年から急に減っていた。写真を撮りに行く機会が、2014年の1/3程度にまで落ち込んでいる。2014年は自転車を買い、あちこちを自転車で走っては写真を撮っていた。2015年、つまりは去年の半ばくらいからその代わりに釣りをするようになって、それで写真の量が減ったような気がする。そして、2015年、2016年の写真は、iPhoneで撮った海辺の写真が劇的に増えているのだ。これが、A4サイズのフォトブックで使えるのかどうかはやってみなければ分からない。去年、そして今年のアルバム作りは2014年ほど時間はかからないような気がする。

20160703

Nikon CoolPix S620

2016年7月 2日 (土)

コンデジの望遠側

 今日は用事があって、朝から出掛けた。いつも通る道ではなくて、少し遠回りにはなるのだが、山沿いのあまり交通量のない道を通って行くことにした。別段に意味はなかったのだけれど、その道を走っていると、紫陽花があちこちで綺麗に咲いていた。

 カメラを持ってきていた。ニコンのクールピクスS9300である。数千円という値段で売られているのを見つけて中古で買ったものだ。時々、鞄の中に入れておくようにしている。このカメラは、あまり期待せずに買ったのだけれど、とてもよく写る。リコーのGRなどといった所謂高級コンデジほどではないのだが、その写りにはあまり不満がない。森山大道氏がこのシリーズを使っているとどこかの雑誌で見たことがあるが、それには納得がいく。起動やAFが遅い時も多いので、スナップにはパナソニックのGM1の方が余程ストレスないと感じるのだが、1台で広角から超望遠まで写る、ということを考えたら、このS9300を使う意味はあるのではないかとも思う。

 コンデジはあまり使わないので、手元にはパナソニックのDMC-FX40とか、ニコンのクールピクスS620とかいう、古いタイプのコンデジしかない。これらのコンデジはよく写るのだが、不満があった。それは、望遠域での尋常でない甘さだった。広角ではよく写ると感じるのだが、望遠域になった途端、もう使い物にならない。中学生の頃に家にあったコムラーの古い望遠ズームレンズにケンコーのテレプラスX2を付けて写真を撮ってみたことがあるが、その時の写真くらい画像が甘い。ほとんど解像していないのではないかと思うくらいだ。特にFX40は酷く、これは折角ズームが付いているのに、広角単焦点として使っているくらいである。広角で撮影して、トリミングした方がまだ使えるかなと思う位なのだ。S620はズーム比が小さいのでまだましだが、それでも望遠を最大にすると甘くて使い物にならない。

 ところが、S9300は使えるのである。かなりの望遠域で、多分35mm換算300mm以上はあると思われるが、手ぶれにさえ注意すれば、かなりシャープな写真になる。今日、望遠域で少しだけ使ってみたが、これは使えるかも、と思った。広角側は勿論よく写るので、S9300は全域で使える写真が撮れるのかもしれない、と思ったのだった。

 それでも銀塩時代で考えれば、今から20年ほど前の普及価格帯の70-300mmズームのような画像である。ニコンの70-300mmF4.5-5.6VRのようなシャープさはないし、コンデジに暗い望遠レンズを無理に埋め込んでいるから、手ぶれもやはりいくらVRが付いていてもよく拡大すれば気になる。けれど、「使える」というのが大事だ。スペックだけみて購入して、「使えない」となったら馬鹿馬鹿しい。望遠ズームを買って、それが広角端しか使えないなどということがあったら悲劇である。でも、コンデジにはそれがあった。

 ただ、今はどんなコンデジでも望遠端の画像にがっかりするなどということはないのかもしれない。最近、技術が進歩しすぎだと感じるカメラだが、こんな所で技術の進歩を享受できれば、それはそれでありがたいと感じるのだった。

20160702

Nikon CoolPix S9300

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